御先祖様をお迎えするお盆、墓参りに行ったりお客さんの接待をしたり逆に自分がお客さんになってみたり…そんなお客さんにお茶出しをしてお話を広げると結構面白い*1。「昔この辺りはこうだったんだ〜」といった昔話は勿論「あそこの家の人は〜」とちょっとした愚痴や「こないだのコロナの人はあの辺の人で〜」など犯人探しをしていたり。それは失礼だからやめて頂きたいのだが。
5年も経てばここでお酒を呑みながら勢いで色々喋ってるのだろうか、その前にこのおじさん達は生きているのか、そんな事を思った今日この頃。
前置きが長すぎました、どうも額田です。
今回は色々とお知らせみたいな何かを書いていきます、まずはこちら
①ブログタイトルを変えました
「あおいうみ」から「常陸機関区」というタイトルに変更です。理由という理由はなく気分で変更しました。最近タイトルを変えた萩薬師氏とか綾瀬氏とかも多分同じような理由だと思います。文字だけのタイトル表示がクソダサだったのでそのうちヘッダー画像を作ります
BVEやSimtransのデータを作ってる方の配布サイトの名前って〇〇運転所とか〇〇運輸区という名前でやってる方が多いですよね、そういう名前って汎用性が高いのでしょうか、知らないが。ちなみにですがBVEのシナリオデータやらを作る気は今の所はないです、構文覚えてなごこも使えば作れるだろうけど時間が無いもんね…。
それにしても何故常陸と書いてひたちと読むのでしょうか?Wikipediaには次のようにありました。
常陸国の名の由来は、以下の2説とされている。
「然名づける所以は、往来の道路、江海の津湾を隔てず、郡郷の境界、山河の峰谷に相続ければ、直道(ひたみち)の義をとって、名称と為せり。」
「倭武(やまとたける)の天皇、東の夷(えみし)の国を巡狩はして、新治の県を幸過ししに国造 那良珠命(ひならすのみこと)を遣わして、新に井を掘らしむと、流泉清く澄み、いとめずらしき。時に、乗輿を留めて、水を愛で、み手に洗いたまいしに、御衣の袖、泉に垂れて沾じぬ。すなわち、袖を浸すこころによって、この国の名とせり。風俗の諺に、筑波岳に黒雲かかり、衣袖漬(ころもでひたち)の国というはこれなり。」
また、『常陸国風土記』が編纂された時代に、常陸国は、「土地が広く、海山の産物も多く、人々は豊に暮らし、まるで常世の国(極楽)のようだ」と評されていた。―常陸国風土記 Wikipedia
要するにひたちという名称を漢字に当てる際に常世の国から常と土地を表す陸を取って常陸と名付けた…という解釈をしていいのでしょう。日本語は本当にわからない、流石外国人が習得しづらい言語だけありますね。それをたった2年で流暢に喋れるようになってしまったアリス・カータレットさん、あんた一体何者ですか
そんな常陸という国名は、駅名や市町村名を超えて名字に進出。戦後に生まれた宮号である常陸宮を始め、常陸さんは全国に約860人が存在しています。
追記:やっぱり機関区という名前自体がダサかったので戻しましたとさ
②Twitterに復帰しました
ツイ廃、Twitterをやめられず!
アカウントを削除したのは良かったのですが、近隣界隈の情報を得るのにURLにアカウント名を入れて検索する日々。結局それが面倒くさくなってアカウントを作ってフォローして見るという選択肢を選んでしまいました。な〜にやってんだか
アカウントを作ったのは良いのですが基本的に低浮上(情報を得る為の垢だからツイートする内容がない)なのでここで公言はしませんがそこらへんの2文字の駅名の間に半角スペースを打って検索をすれば出てくると思います。
転生してもいつかは誰だかバレてしまう。鉄道ファンを例に出すとどこの路線で何の機材を使ってどのような写真を撮っているのか、アイコン画は何か、どんな発言をしているのか、誰をフォローしているのか。これらを総合的に見ると元は誰だったなんてすぐに分かる訳です。要するに私が復帰して違う名前でやっていても皆さんならすぐに見つける事が出来るはずです。はい
③これから
名前を変えたのはいいのですが9月以降ブログの更新が途絶えると思います。1記事書くのに大体3時間は掛かる訳ですからそんな時間あるんですかって話ですよね、まあ今も無いんですけれども。お盆も勉強しろよ
ここでは宣伝どころか話題にすら出していないENKO-鯖日誌とかいう共同ブログも次々回辺りの当番を最後に休止だろうなと思っています。復帰する頃には共同ブログどころか鯖自体があるのか不明なので事実上の最終回?でしょうか
残り数回の更新、適当に書いて行きますので宜しくお願いします
ありがとうございました
2020/8/14
*1:今日された話の例:畑近くに繋がれた他人の山羊の乳を勝手に絞って煮沸消毒せずに飲んだ話