あおいうみ

茨城のキモヲタクが書く暇つぶし

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谷川岳に登った話【2013/11/4】

先日ベネッセ駿台模試を受けたんですよ。ベネ駿って河合模試より難しい(受験指導をしている当校教員が数年前に話していたことなので信憑性に掛ける)という話を聞きますが実際の所いつもの模試と変わりませんでしたね。読解力が足りないだけなのか、それとも勉強している成果が現れているのか、後者だと思いたい額田ですこんにちは。

 

そんなマーク模試、見事に英語が爆死した訳ですがどうやったらリスニングやら読解で点数が取れるのでしょうか?もしかして私には第二言語を習得出来る力がないのか、言語障害なのか?なんて思ったり。これを親に伝えたら「そんな事考えてる暇があるなら勉強しろ」と言われました。かなしいね

 

 

という訳で今回はについて語って行こうと思います。お話は小学生の頃に登った谷川岳。え?内容が繋がってないだって?知らないが…

 

 

関越道の関越トンネル上越新幹線の大清水トンネル上越線清水トンネルと新清水トンネル山を貫く谷川岳。古くから『上越国境』と呼ばれたこの道は首都圏と日本海新潟を繋ぐ交通の要衝。特にその気候の厳しさや急さが脅威となった清水峠が位置する谷川岳は、遭難者数死亡者数共に国内最多であり、遭難死亡者数は世界ワースト記録としてギネス記録を叩き出している。そんな厳しい世界だからこその自然や景色というのはとても素晴らしいものであり多くの登山家や写真家、ヲタクを引き付け危険なこの山に年間5万人近くの登山客数があるのも納得だろう。

 

朝5時、親と祖父の運転で出発。私の場合出発2日前に酔っ払った勢いで祖父が「休みに山行くから朝5時に来い」としか約束されないので行先は当日決定。東北方面に行くはずだったのが流石に紅葉終わってるし雪あるやろって事で行先が谷川岳になったんだと思う。

車は北関東を横断。関越道、国道291号を走る。観光地独特の街並みや「モグラ駅」でお馴染み土合駅の駅舎などを車窓に映しながら谷川岳ロープウェイ土合口駅へ到着。こんな山の中なのに平面駐車場じゃなくて立体駐車場なのかと思った記憶がある。

車を降り、冷たい風に体をなびかせて支度をする。「スニーカーで登山するのは足を捻るし靴が擦り減る」ということでこの年買った登山口と泥除けを付けロープウェイ乗り場へ。残念なことに私達の後ろには黒髪ショートでFUJIFILM*1のカメラを持った少女は現れなかったがそんな事は気にせずにゴンドラに乗車する。およそ10分の空の旅なのだがなんだか様子がおかしい、私は高所恐怖症じゃないし、爆弾もない、DC-10の貨物室ドアのようにドアが飛んでいくはずもないだろう。しかし、そのときに私達が目にしたものはこれからの運命を決定づけるものだった。

 

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なあ

なんと山に雪があるではないか。写真は同じ三国山脈朝日岳谷川岳と同じ位の標高の山ということもある為谷川岳にも雪があるだろうと推測される。雪がないだろうと思って来たのだからこれは大きな計算ミスである。

 

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天神平にて

ロープウェイを降り、天神平の広場で小休止。現実を突き付けられたが「山の天候は変わりやすいし谷川岳には雪ないでしょ」と思って歩くしかない。

天神平からリフトに乗り継ぐ、ロープウェイという最初の壁を越えたあおいちゃんが泣きながら乗ったあのリフトだ。私はこのリフトに乗った記憶が全くない、確かにリフトに乗らずに行けるルートもあるのだが数日前に父親に確認した所「谷川岳でリフト乗ったでしょ」と言われてしまった。自分の中でのリフト初体験はその次の年に行った月山のリフトなんだが。

いよいよ本格的な登山道だ。日本百名山の山である為道は整備されており多少岩はあるもののルートが作りやすい。撮り鉄が俯瞰撮影に行くときの崖に比べれば100倍こっちの方が登りやすいし滑落する心配もない。変な心配をせずにどんどん登っていく。

 

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それにしてももう少しマシな写真はないのか

リフトを降りて200m登ってきたところでパチリ。写真はオジカ沢の頭と思われるがこの有様。
ある地点を過ぎてから風景が一変した。遠くに見えていた雪が足元に現れ次第に周りは冬の景色に変わった。手はかじかむし天候が変わって雲が広がりそれの中に入って風景を楽しむことが出来ない。辛い、寒い、楽しくない、帰りたい。何故人はここまで大変な思いをして山に登るのだろうか。そんな事を思うようになると私の中での諦めモードへの移行は早かった。「とりあえすトマノ耳(山頂手前)まで行く」が自分の目標となった。

 

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若かりし頃の額田(██歳)

肩ノ小屋を過ぎると目的地は近かった。標高1963mのトマノ耳、別称薬師岳*2に着いた。そして諦めた。これより10m高くて300mの距離にある山頂はその後の人生の宿題にしたのだ。

寒かったから写真を撮るとさっさと降りた、100m下ったところにある避難小屋で昼食をとる。外でお湯を沸かしカップ麵にいれて各務原なでしこのように麺をすする*3。うまい、熱い麺が寒い体によく沁み渡る。もうそれだけで満足だった。

 

疲れた体に温泉はある意味最強の傷薬だ。そんなことから温泉は好きだった。よく「風呂入る為に山に登ってるのか」と言われたこともある。勿論その日も風呂屋に行った。記憶が曖昧なので違うかもしれないが『湯テルメ・谷川』さんにお世話になったと思う。

 

川に面している露天風呂はとても景色がよく気持ち良かった。お湯の温度もそこまで高くなかったのもあるかもしれないが那須高原にある『鹿の湯』という公衆浴場の45℃の浴槽に入れなかった自分にとっては少し温度の低い方が気持ちが良いのかもしれない。

 

 

自分の意志の低さが仇になって登れなかった山、いつかリベンジしたいなと思いつつ勉学や部活などで多忙な毎日。そんなせいか自分の趣味嗜好は山から離れていき気づけば6年が経っていた。そんなある日、一つの作品が過去の記憶と結び付けた。

ヤマノススメ』は再び自分に登山の面白さを伝える作品となった。共感出来る部分もあったのも確かだが何よりも作品において谷川岳が重要な山として登場したこともあったからかもしれない。

再び登山脳が再燃した私はまずは久々の登山ということもあり県内の筑波山で足ならしをしようと考えた。しかし予定していた今年の3月はご存知の通り。夏秋は遠出不可能だと思っていたので今年のうちに谷川岳にリベンジするという計画は消え去った。

 

 

来年の夏、私はどんなことをしているのか、リベンジは果たせるのか。未来の私に期待を込めて今回の記事を締めたいと思う。

 

ありがとうございました

2020/9/13

*1:型番忘れた

*2:飯がまずそうな山だよな全く

*3:ちなみに食べたのはかれーめんではなかった